千葉県柏市 心理カウンセリング・セラピー&ヒーリング 【トラウマ解放 自己実現 魂の解放】
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わたしの中に巣くう、母と先祖系のエネルギー(2)
わたしの中に巣くう、母と先祖系のエネルギー(1) より、つづき


母や先祖系たちの特徴は、ものすごく罪悪感と恥の思いが強いこと。

あぜさんとのやりとりの様々な場面で、
その罪悪感が刺激され、そこから防衛反応が起き、
さらに逆ギレで攻撃に転ずる…というのが、パターン。

そして、根底に「自分たちは闇に堕ちた存在で、
光の側には絶対にいけない、幸せになれない。
だから幸せにしてなるものか!」
という、強烈なネガティブな思いがありました。

それらが出る度に、毎回感情を解放して、
そこにある思い込みを契約解除して…を地道に続けてきました。

そして、先月末からは、
先祖系の集合体や母の意識体を、ワークの度に、
どんどん光の世界へと強制送還を繰り返して。

それで、だいぶ先祖系はおとなしくなってきてたのだけど…。


9月に入ってから、母の魂の解放作業を集中して行う中、
さまざまな彼女の思いが出てきました。

「自分は悪い子だから、わたしなんて死んじゃえばいいんだ!死んじまえ!」

強烈な罪悪感と自罰のエネルギーで、
自分で自分を責めて痛めつけていて、
全身をあますことなく突かれているような痛みで、
ものすごく苦しい状態だった。

これほどに苦しくて、いたたまれないから、
わたしの身体に逃げ込みたくなったのも、よくわかりました。


さらに、あぜさんとの関係性を悪くさせていた、想念も次々と…。

「憎しみをぶつけたいので、相手には協力したくない。
良い関係、喜びの関係を作りたくない」

「修羅場にしたい。それが愛情コミュニケーションだから」

「自分を開くのが怖い。危険だから自分を開けない」

「JOY(子供心)を育みたくない。JOYは敵だ」

等々が。



彼女が家の事情で、大学進学を断念させられて挫折した時に、
知の世界を切断した傷手も出てきて…。

「ポジティブな世界に興味を持ちたくない」
「知的な世界は自分と関係ないものにする」

魂がぐれて堕ちてしまい、
知(=光)の世界を憎むという構造がでてきました。

「自分はもう堕ちて穢れてしまったので、
知の世界の住人にはなれない。自分はふさわしくない」

だから、あぜさんが知的な話題を共有したがったり、勧めてくると、
抵抗や防衛を起こしていたのもわかりました。

そして、堕ちて穢れた自分に対し、
あぜさんはイノセントでピュアな存在だったから、
あんなに敵意と憎しみを抱いていたことも。


そして、先週の月曜日のワークで、

母のエネルギーは
「幸せにさせたくない。幸せになりたくない」と思っていて、
その背後に罪の意識にさいなまされている状態がありました。

「わたしが悪いことにされる。自分は悪いんだ」を解除し、

「わたしはもう許されています」をアファメーション。

唱えながらずっとタッピングしていたら、
意識が朦朧となり、深い変容状態へ。

小一時間、意識が落ちて、寝てしまいました。


そのあとに出てきたのが、

「自分が自分を敵視している。自分の存在は罪悪である。
だから自分を受け入れたくない。認めたくない」

という、恥と罪悪感の先祖のカルマが。

その「自分の存在は罪悪である」の根源に、
先祖が一族が滅亡の危機に瀕したときに、

「一族の保身のために、悪魔に魂を売る」
という契約をしたためだったことがわかったのでした!

この契約のために、

「自分は闇に堕ちた存在。
絶対に自分たちは幸せにはなれない、なりたくない。幸せにさせたくない」

という思いを、彼らは強烈に持ち続けて居ていたわけですね。

その根源に迫り、それを解除することが出来ました[m:41]

これは、とてつもなく、大きな解放でした!!



それが、14(月)の昼間。ねとらじ出演の日でした。  …つづく


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わたしの中に巣くう、母と先祖系のエネルギー(1)
ずっと、先祖系の集合意識や母のエネルギーに悩まされてきた。
ううん、もっと言えば、苦しめられてきた。

あぜさんとのやりとりで、感情反応を起こし、
わたしの身体を乗っ取り、喧嘩にもっていく…。

まさに「憑依される」という感覚。

わたしの細胞の中に潜んでいて、
有事のときには、ぶぉ~と現れてくる感じ…。


彼らは、あぜさんが嫌いで、憎くて、
そして、わたしたちが良い関係を築いて幸せになるのが嫌で、
いつも破壊しようとしてきた。

奥の方で「わたし」の意識が、ちがう思いでいても、
「わたし」に覆い被さり、台頭して、場を乗っ取って、
敵対関係の激しい対立状況を生みだし、喧嘩を激化させていく、
それがパターンだった。

一度はじまってしまうと、
わかっていてもコントロールできなかった。

奥の「わたし」は、無力だった。


反応がおさまる度に、毎回、解放をし続けてきた。

だんだん反応が起きているときに、
「これはわたしの感情じゃない」
「いま、反応が起きかけている」と、
早めに気付けるようになっていった。

そして、先祖系の集合意識の方は、
かなり治まってきて、おとなしくなった。

…と、思ったら!!

今度は、母の反応が強く出始めてきた。

それは、あぜさんに対する憎しみと殺意で、
最初は、いつもの先祖系のより生々しく激しい感情だったので、
自分自身のものなのかも?と思った。

わたし自身も、しらないところで、
あぜさんに対してそんな感情を抑圧していたのかと?!

ところが、チェックしてみたら、そうではなくて、
それは「母」の感情だった。

ずっと先祖系と母はひとまとまりで考えていたので、盲点だった。

そう気付いて、振り返ってみたら、
ずっとずっと昔から、あぜさんとの間で激しい喧嘩になっていたときの、
その激しい感情は、母の反応だったことが判明。

「怒濤のクライアント時代」の「怒濤」とは、
この感情反応との闘いだったのです。

そして、ずっとそれを解放してきていました。

母だったとわかったその瞬間、泣き崩れました。しばらく。
なんでかわからないけど…。


そして、その時に、気付いた。

肉体とは魂の乗り物、容れ物であるけど、
その「わたし」という容れ物に、
本来ならば、わたしの魂だけが居られるその場所に、
母のエネルギー(魂)が、入り込んでいたことに!!

筋反射でチェックしたら、
なんと8割を母のエネルギーが占めていて、
わたし自身の魂のエネルギーは、2割であることがわかった。

先祖系がおとなしくなる前は、彼らがあと1割を占めていて、
わたし自身のスペースは1割分しかなかったみたい。
9割を彼らが不法占拠していたわけです。


そりゃあ、無理です。
対抗できるわけない。
無力なわけだ…(T_T)

2歳くらいの、まだひ弱なチャイルドが、
ネガティブな大人のパワー勢に圧倒されている、
そんな姿が見えました。


母の魂が、自分の肉体にいるのが苦しくて、
幼いまだピュアなわたしの肉体に、逃げ込んできていたそうです。

たとえるならば、どじょう鍋を作るときに、
鍋に水と一緒に、生きているどじょうと豆腐を入れて火にかけると、
水が熱くなってきて、堪えられなくなったどじょう(=母)が、
豆腐(=わたし)の中に逃げ込む…、そんな感じだったみたい。

仏像を作ったときに「魂入れ」をする、その話から閃いて気付いたんだけど。

わたしの中に潜り込んでいたのね。不法侵入だわ、まったく!!

通常、寄りつかせている場合は、そこに魂レベルでの契約があるのですが、
こちら側が無意識レベルで、許可をしていたわけではなかった。
(たぶん、契約レベルのは、すでに解除し終わったのでしょうね。)


そんなことがわかった、8月29日の出来事でした。  …つづく

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「生きていたくない」 絶望の果て。
ゆうべはベッドで横になりながら、
もやもやした気分にフォーカスしながらタッピングすると、
結婚前の前夫の顔がぼんやりと浮かんできました。

もやもやした怒りの感覚を感じながら、
グッとそれに集中して、タッピングをし続けました。


本当は、彼に対して、たくさんむかついていた。
軽い論争になったとき、いつも言い負かせなかった。
抑え込まれて、ため込んでしまった怒り。
いつも自分が我慢して抑えてしまっていた怒り。

タッピングがハートのポイントに来たとき、
もやもやから、少し感覚が変わった。

あたり中のものを投げとばし暴れている自分のイメージが…。
すると、ふっと意識が落ちていった。


「眠気がくるということは、変容に差し掛かってる?!」


なんどか意識を戻そうとしたけれども、
ハートをタッピングしながら、そのまま寝落ちしてしまいました。。。




明けて、今日は定休日。

朝、10時ころにいったん目が覚めて、水分補給。
そして、そのまま、ふたたびベッドへ。


ゆうべの続きのタッピング。


「なぜ自分はこんなに怒りを抑えてしまったのか?
 なぜ怒りを相手に出せなかったのか?」


そう思いながら、タッピングしていくと、
ふと浮かんだ言葉が 「愛されたかったから」。

そうか、愛されなくなるのが怖くて、
自分の感情を抑え込んでしまったんだね。




つぎに目が覚めたのは、14時すぎ。

セッションルームの家賃を振り込む用件を思いだし、慌てて起きる。


車で移動しながら、

「辛さに堪えて堪えて堪えて堪えて、
心の底に溜めて溜めて溜めて、
その下で押しつぶされて、喘いでいる自分」を感じました。



顕在意識を地上にたとえるならば、
地上はすでに変化しています。

かつていつもあった鉛のように重たくどんよりとした空は去り、
いまは青空と希望の光が広がっています。


でも、潜在意識にあたる、地底、もしくは海底には、
まだ昔の辛かった過去の自分が残っている…。

深い深い海の底で、あおむけに倒れ、
水圧(辛さの累積)に喘いでいる。


「この苦しみからは出られない、堪えるしかない」

という諦念。虚脱感。

「もう生きていたくない」という思い。

「死にたい」とはニュアンスの違う、
「生きたくない」という気持ち。虚無感。



16歳から31歳までずっと、
わたしの心の奥底に漂っていた気持ち。

ううん、記憶にはなかったけれど、
本当は2歳からずっとあったのかも知れない。


どれだけ自分が絶望の世界に生きていたか。

どれだけ自分は辛さと苦しさを堪えてきたか。


今ふたたび、出会い直して、全て感じ直そうと思います。




ゆうべ、あぜさんにチェックしてもらったら、

退廃 12%  クリエイティブ 62%
 に。

退廃の割合は、かなり減ってきました!!


でも、なぜか、26%が使途不明に?!(苦笑)


思いつくキーワードでいろいろチェックしたけど、該当なし。

うーん、一体なんだろう???(笑)


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過食と退廃
今夜は、つづき話の日記を書こうと思っていたけど…。


午後からなんとなく過食したい
(ジャンクな物を食べたい)気分が出ていて、
その奥にぼんやりと何かの感情がある感じ。


15時ころ、あぜさんと遅い昼食を手打ち蕎麦やさんで。
常陸春そば、美味しかった。
特盛り(2人前)を食べてお腹いっぱいになったのに、
まだもっとお蕎麦を食べたい気分だった。

そのあと夕方にシャトレーゼで買ったケーキを2個も食べちゃった…。
イチゴのスペシャルショートケーキと、クラシックショコラ。
生クリームを味わいたかったのに、
ショートケーキはできたてのフレッシュな味じゃなくて残念だった。
クラシックショコラは、チョコが濃厚であぜさん好みだったな。



過食したい状態のときは、おそらく退廃が出ているとき。
そして背後にあるのは、「怒り」の感情。

先週から集中して退廃のワークをしているので、
過食モードが続いている。

そういう時は体重も増える(苦笑)。

年末年始、タオ指圧を集中して受けて、
深いレベルの辛さの解放をしたときもそうだった。


早く退廃を解放して癒さないと、
いつまでたってもダイエットが出来ないわ…(涙)。


今夜はつづきを書くのはあとまわしにして、
この感覚の奥の声を聞こうと思います。

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カラオケ第三弾。ひとりカラオケと、オフコース。呪縛からの解放。
退廃のワークのその後の話を…。


24(金)の昼間に、「退廃のワークのつづき」をやって、
その夜、あぜさんが塾にいっているあいだ、
ひとりカラオケ(2時間)に行ってきました。

その日のわたしが歌った曲は、
オフコース特集でした。



その前、23(木)未明のあぜさんとのふたりカラオケで、
最後の方でオフコースの曲を数曲つづけて歌っていました。

オフコースはそれまでちょこっとしか歌ったことがなかったけれど、
前回かなり声が出るようになってきて、
なんとなく歌えそうな感触がしたので、チャレンジしてみました。


だいぶ酔いがまわっていて、
かなり自我のタガが緩んできていた頃でした。

最後の『緑の日々』を歌っていたら、
歌詞に刺激され感情が溢れてきて、
歌い終わった後、しばらく号泣してしまいました。

「…嘘つき!嘘つき!」と叫びながら。

【歌詞】
http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND50449/index.html



前夫は高校時代、
オフコースのコピーバンドをやっていて、
彼はボーカルをしていました。

だから「オフコース=彼」の象徴でした。


彼とは結婚前に長くつらい交際が続いていて、
途中、一方的に別れを告げられたり、
いろいろありながらも結婚を決意して
22歳の終わりに一緒になったけど、
25歳のときには完全に彼から気持が離れてしまっていました。

当時は身体をこわして仕事をやめたばかりで、
自立してまだ1人で生きていけない状態だったため、
実家に帰るよりも彼といた方がまだましだと、
(本当は、より損傷が多かったことがのちに判明したけど…)
彼との暮らしを続けていました。

■当時の回想はこちら。
http://homepage1.nifty.com/salmon/akanetest3.htm



26歳で、予想外の妊娠をしてしまった時
「親になる自信がない」と、泣き出したわたしに
「僕がいるから。僕がついているから」と言ってくれたのに…。

たしかに妊娠中から子供が生まれたしばらくは、
わたしのことをとても大事にしてくれ、優しかったので、
「やっぱりこの人で良かったんだ」と
彼に気持がふたたび戻ったのに…。

しかし、やっぱり彼はバタラー(加害者)で、
それはつかの間の「ハネムーン期」だったのでした。

その後、年子で子供が生まれ、
子育てで追い詰められていて、
それをなんとかしたいと打ち明けたのに
突き放されて…。

その裏切られた傷つきが、
『緑の日々』を歌いながら蘇ってきたのでした。。。




ふたりカラオケに行った、23(木)の夜は、
コンビニでビールを買って、おうち酒。
カレーを仕込むあぜさんの横で、
ひとりでロング缶を3本空け、スナックも3袋空け…。

普段はめったにしない深酒を連日しつづけることで、
なにか、タガを一生懸命外したかったのだと思う。

そして、酔っぱらってご機嫌になりながら、
オフコースをあぜさんと歌いまくっていた。


明けて翌日に、件の「退廃ワークのつづき」をしたら、
前夫との過去の封印をとくことになり、
そしてその夜、ひとりカラオケでオフコース特集を…
という流れになったのでした。

その晩は、ノンアルコールだったけど、
だいぶ脳内麻薬が出るようになっていて、
シラフでも酔って歌えました。

そして、オフコースの歌が、自分なりにかなり歌えるように!!
お腹から頭頂まで、声が通りました。


それはわたしにとって、とても画期的な出来事で、
ある「達成」だったのです。


前夫は小学校から合唱をやっていて
自他共に認める「歌が上手い人」で、
わたしは「歌が下手な人」で。

彼の前では、鼻で笑われて、馬鹿にされ、見下されそうで…。
わたしは歌が歌えませんでした。

だから、「歌うこと」は彼に占拠されていたのです。


あぜさんと一緒になって、ときどきカラオケで歌うようになってから、
徐々にその恐れの呪縛から解き放たれ、人前でも歌えるようになりました。
さらに、この1~2年でかなり声が出るようになってきていました。

そしてついにこの夜、オフコースが存分に歌えたことで、
つまりは、彼と同じ土俵に並ぶことができたわけです。
(もちろん上手下手の程度の差はあるけどw)


昼間のワークで封印を解き、
夜のカラオケで彼の縛りを「越える」ことができた、そんな日となりました。

© あなたの人生をシフトする、愛と桃舎   http://aitomomosha.com/ . all rights reserved.
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